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名は体を表す

イギリスの小中学校でそれまであった教科ICTが教科Computingの置き換えられた経緯の中でブレークスルーと呼ぶべき重要な出来事があった。2011年8月に、Eric Schmidt氏がエジンバラでTV業界向けに講演を行ったが、その中で、

「イギリスの学校でコンピュータ科学が正式な科目として教えられていないことには驚いた。今のITカリキュラムではソフトウェアをどうやって使うかに重点を置いているが、どうやって作るかについて教えていない。」 

とイギリスの教育制度を批判した。これに対して当時のDavid Cameron首相が、

「Eric Schmidtは正しい。我々は次世代のプログラマーを十分に教育してこなかった。」

と発言したとされる。そして、その翌年Michael Gove教育長官はスピーチの中で、ICTのかわりにコンピュータ科学を教育課程の中で取り入れていくことを表明した。Eric Schmid氏は影響力の大きい人物ではあるが、外国人の発言が一国の教育制度に変更が加えられるきっかけとなることは普通は考えられないことであり、もともとコンピュータ教育を改善しなければならないという問題意識が高かったのだろうと思う。

さて、日本でも2020年の小学校の学習指導要領にプログラミングが取り入れられたわけだが、一通りの議論を経て、イギリスとは違う方向に向かった。そのことを端的に表すのは、議論の過程で新たに追加しようとした学習内容をイギリスではコンピュータ科学と呼び、日本ではプログラミング教育と呼んだことである。

2013年4月に内閣府の諮問機関である産業競争力会議三木谷浩史氏による発言が議事録に残っている。

「エンジニアの質・量ともにレベルを大幅にアップさせる必要がある。義務教育課程の 中での IT 教育について、特にアメリカではゲーム感覚でプログラミングの概念を教え る。例えば MIT が開発した Scratch のような、楽しみながらプログラミングをマスターできるものがある。こういったものはコストがかからないので是非導入していただきたい。」

日本の場合は2013年の産業競争力会議以降、「コンピュータ科学」という名前が議論に現れることはなく、「プログラミング教育」という名前を使って教育改革を目指していくことになった。

当たり前のことだが、名前は重要な意味をもつ。名前を選び方の重要性を軽視するべきではない。「プログラミング教育」と呼んでしまえば、その中でプログラミング以外のことを学ばせることが難しくなる。プログラミング以外のことを学ばせたいのなら、別の名前を使うべきであろう。